ブッダは実在した人物なのか

ブッダの実在は長い間疑われてきた。しかし、19世紀末にふたつの考古学的発見から、実在した人物である可能性が高いことが判明した。
まず1896年末、『大唐西域記』の記述を元に、ドイツ人の考古学者A・フューラーがネパールのルンビニー村でマウリヤ王朝アショーカ王の石柱を発見した。

(出典:ルンビニのアショーカ王石柱に残る碑文 https://tanupack.com/abukuma/11/ashoka4.htm

碑文には、この地でサーキャ族の聖者ブッダが誕生したこの地の租税軽減すること、アショーカ王が即位20年目にこの地へ巡礼に来た記念に石柱を建てたことが5行ほどで記されていた。

また、1898年には、イギリスの駐在官ウイリアム・ペッペがルンビニー近く(ネパールの南境に近い英領インドのピプラーワーという場所)の古墳から新たな骨壺を発見した。
そこには、紀元前数世紀の文字で、

「これはシャカ族の仏・世尊の遺骨の龕ずしであって、名誉ある兄弟ならびに姉妹・妻子どもの(奉祀したもの)である(中村元訳)」

と記されていた。


(出典:ピプラーワー出土仏舎利骨壺 http://mujintou.net/dharma/bukkyo/buddhasarira.htm

さらに、1971年にインド人の考古学者シュリバスタブによって、同じ場所のより古い地層の発掘調査が行われ、新たに骨壺が発見された。
骨壺の碑文年代と釈迦の時代には隔たりがあり、学者によって碑文の翻訳と解釈も異なり、どれがブッダの遺骨なのか真偽を確定するには至っていない。

いずれにせよ、これらの発見は「荼毘に付されたブッダの遺骨のひとつはサーキャ族の故郷に持ち替えられた」と書かれた「大般涅槃経」の記述を裏付けるもので、史料価値は高い。

確定できないブッダの生没年

場所 誕生年 入滅年(仏教元年)
南伝仏教 スリランカ、ミャンマー、タイ、ラオスなど 紀元前624年 紀元前544年
紀元前564~557年 紀元前484~477年
北伝仏教 中国、韓国、日本など 紀元前468~463年 紀元前388~383年

誕生年にはさまざまな説がある。大別すると、北伝仏教の説(中国、日本など)と、南伝仏教の説(スリランカ、タイなど)がある。
北伝では、紀元前5世紀、南伝では、紀元前6世紀(紀元前7世紀という説もある)となんと100年以上の開きがある。日本ではアショーカ王の即位・在位の年代から推測した紀元前463年説が趨勢とされている。

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また、ブッダの誕生日や亡くなった時期も諸説ある。
南伝ではアショーカ王はブッダの滅後218年経って出現したという。北伝ではアショーカ王の出現はブッダの滅後116年で、当時の人間の5代の長さとしては適当だ考えているようだ。
ちなみに、ブッダ滅後、アショーカ王が出現してくるまでのあいだに、5人の王と5人の律伝持者がいた、という見解は南北両伝に一致しているようである。

中国や日本では4月8日を、韓国では旧暦の同日をブッダの誕生日、亡くなった日は2月15日とされいる。一方、南伝仏教の国では、誕生日、覚りを開いた日、亡くなった日すべてを、5月(ヴァイシャーカ月)の満月の日としているそうだ。

主な参考文献:
・「いちばんやさしい ブッダの教え」:https://www.amazon.co.jp/%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%B0%E3%82%93%E3%82%84%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%84-%E3%83%96%E3%83%83%E3%83%80%E3%81%AE%E6%95%99%E3%81%88-%E7%94%B0%E4%B8%8A%E5%A4%AA%E7%A7%80/dp/4791622871
・「仏典成立の諸問題―はしがき」梶山雄一:http://www.totetu.org/assets/media/paper/t106_001.pdf
・「京都西明寺にある「阿育王石柱」の謎 とりあえずのまとめ」:https://tanupack.com/abukuma/11/ashoka4.htm
・覺王山日泰寺 公式サイト:http://nittaiji.jp/kakuouzan/
・「2:成長と出家:カピラヴァストゥ」:http://mujintou.net/dharma/bukkyo/piprahwa.htm
・「初期仏教に見る「ことば」の諸相 ⑥」成田 道広:https://www.tenri-u.ac.jp/topics/oyaken/q3tncs00001q8thr-att/GT234-HP-5.pdf