仏教の八大聖地を抑えておこう。

ルンビニー(藍毘尼):生誕の地

ブッダは、現在のネパールの南タライ盆地にあるルンビニーで釈迦族の王子として生まれた。
ブッダが活動した時代は諸説あり、正確にはわかっていないとされている。
白いマーヤー堂には、天上天下唯我独尊の説話で有名な誕生仏が祀られている。
そもそもブッダの実在自体が疑われていたが、1896年にアショーカ王の碑文がドイツの考古学者フューラーに発見されたことで、ブッダの生誕地であることが証明された。

ブッダガヤ(仏陀伽邪):成道(悟り)の地


インド東部、ビハール州、ネーランジャヤー(尼蓮禅)河のほとりにある。
ブッダが6年間続けた苦行を放棄し、35歳の時に瞑想によりさとりを開いた場所。現在は壮麗なマハーボーディ寺院が建ち、寺院横には、ブッダが覚りを開いたときに坐っていたとされる金剛座や当時の菩提樹の子孫が残されている。

サールナート(鹿野苑):初転法輪(初めての説教)の地

The Dhamekh Stupa, Sarnath
サールナートは、古来宗教の聖地として有名なヴァーナーラシーから北西に10キロメートルほどの森の中にある。当時、修行僧たちの集う聖域であったサールナート(鹿野苑)で、ブッダは旧友の5人の比丘に初めての説法をおこなった。現在は公園として整備され、レリーフが美しいダメーク・ストゥーパなど歴史的価値の高い遺跡が並んでいる。

ラージャグリハ(王舎城):布教の地

Shanti Stupa, Rajgir.jpg
ラージャグリハは、ビハール州の首府であるパトナから約96kmに位置する。
ブッダが布教を行った場所として数多くの経典にも登場する。
付近には霊鷲山、負重山、仙人掘山、廣普山、白善山という5つの山や、カランダ長者がブッダに献じた竹林精舎、また、ブッダの入滅後に仏典の結集を行った七葉窟などがある。

サヘート・マヘート(祇園精舎):教団本部の地


サヘート・マヘートは、ニューデリーからほぼ東へ600km、ネパールとの国境近くに位置する。
スダッタという富豪がブッダに精舎を寄進しようとジェータ太子に土地を譲ってもらうように懇願する。
太子必要な土地をすべて金貨で敷き詰めたら譲るという条件を出し、スダッタはすべての私財を処分してまで金貨を敷き詰めようとしたため、太子は土地を譲り、自らも樹木を寄進して精舎を建設した。

サンカーシャ(僧伽舎):昇天の地

サンカーシャは、ブッダに関する歴史的情報が残されてはいませんが、伝説としてブッダが実母であるマーヤー夫人に説法する為に天界へ昇ったという話が伝わっている。天界で母に説法をしたあと、再び地上に降り立った場所がこのサンカーシャだと伝えられ、寺院やストゥーパが設立された。

ヴァイシャリ(毘舎離城):最後の旅の地


古代インドの十六大国の1つヴァッジ国内にあった商業都市。商業都市だけあって、通商貿易が盛んで、自治制・共和制が整っており、自由な精神的土壌、雰囲気があったと言われている。
多くの仏典にもその名前が出てきており、仏教僧団を意味する「サンガ」(僧伽)という言葉も、元々はこの地域に発生した商工業者の同業組合などを指す言葉であり、のちに仏教団体が採用した。
また、仏教に出てくる遊女アンバパーリー(のちに在家信者になり、その後さらに出家する。)が住んでいたことや、経典の第二結集が行われたことでも有名である。

クシナガラ(拘尸那掲羅):涅槃(死)の地

Skyline of クシナガラ, Kushinagar
インドのウッタル・プラデーシュ州東端のカシア付近の村にある。
ブッダは80歳のとき、弟子たちに見守られるなか沙羅双樹の下で入滅した。
霊鷲山から生まれ故郷の地を目指す途中でなくなった。チュンダの供養したスーカラ・マッダヴァ(きのこ)を食して激しい下痢を起こしたのが原因とされる。