バラモン教は古代インドの宗教だ。名前の由来は、後にヨーロッパ人がバラモン(司祭者たち)が人々を指導していたので、とりあえずつけた名称である。

バラモン教の概要

List of Rig Vedic Religion |Gods & Goddesses

バラモン教は一筋縄ではいかない。口伝によるものを含めると、紀元前約1,800年前からの歴史を持ち、その教えも多岐に渡る。バラモン教をルーツとするヒンドゥー教では、仏教の信者数を上回るほど絶大な影響力を持つほどだ。

 

なので、先に一般的な解釈をざっくりまとめておく。

バラモン教は、主に神々への賛歌である『ヴェーダ』を聖典とし、天・地・太陽・風・火などの自然神を崇拝して、司祭階級が行う祭式を中心とする宗教だ。

Brahmanism - Ancient History Encyclopedia
(Om/オームは、究極的実在であるブラフマンをサウンドに象徴したもの)

また、聖典が編纂されるにつれて、宇宙の根源であるブラフマン(梵:カンタンに言うと宇宙を司るパワーみたいなやつ)と個の根源であるアートマン(我:死後も存続するアイデンティティ、魂みたいなやつ)という実在を見出した。

そこでは人間の本質(アートマン)がこの世で行った行為(業・カルマ、欲求)が原因となって、次の世に生まれ変わる運命(輪廻転生)が決まるとされた。

人々は悲惨な状態に生まれ変わる事に不安を抱いた。過去世の後悔と未来世への不安は、今を生きる人々にいつも重たくのしかかる。


(大海の一滴:アートマンがブラフマンに合流することの例示)

故に魂を浄化するため、儀式や欲を削ぐ苦行に励み、無限に続く輪廻の運命から抜け出す解脱(業で汚れて迷子になり、輪廻を繰り返すアートマンが、浄化されて再びブラフマンのもとに戻ること。梵我一如)の道を求めた。

 

今回の記事では、バラモン教の重要な位置を占めるブラフマンが、前回に取り上げたアーリア人たちによって、どのように現れたかを書いてみた。

ざっくりとした記事の流れ

アーリア人の東進→他民族の支配→初期の階級制度の誕生→農耕生活の安定→武力より自然を操る司祭者が権威を持つ→聖典の編纂→社会化が進むにつれて、自然崇拝の対象がさらに人格・抽象化し、更に道徳的な概念も崇拝の対象に→煩瑣になり神々の区別が不明瞭に→徐々に一元論へ→ブラフマン、アートマン、輪廻や業の登場。

 

バラモンの台頭

Brahmana - Liberal Dictionary

紀元前13世紀頃、アーリア人がインダス川上流地方に侵入し、先住民族ドラヴィダ人を支配する過程でバラモン教は形成されていったと考えられている。

銅器を武器として持つドラヴィダ人は、鉄器を持ったアーリア人たちに服従し、奴隷階級を構成するに至った。(これは古くからの一般論で、現在の研究では、長い年月をかけて同化していったとされているようである。)

時が流れ、パンジャーブ地方に定住していたアーリア人は、紀元前1000年ほどになってさらに東方に向かって、ジャムナー河とガンジス河の中間にあるより肥沃な平原を占拠した。

アーリア人はまたこの地方に定住し、農耕生活に入った。征服された先住民たちは、隷民として小作人的な労役あるいは家庭の雑務に従事した。

インド侵入時はアーリアの武士階級が尊重されたが、いちど安定した農耕生活が定着すると、祭式をおこなうことで自然界を操り、富と幸福をもたらすと考えられた神官階級・バラモン(神と繋がりを持つ血筋の者達)がより一層力を持つようになっていった。

Why Varna is Not Caste – American Institute of Vedic Studies

このようにして、アーリア人の中でも特に司祭者と王族は独立した階級を形成し、種族の混血とともに職業の世襲化(特定の地位や職業、財産等を、子孫が代々承継すること)が進んでいった。

彼らは自分たちの秩序を守るために『ヴァルナ制度』を作って身分をわけた。


※ヴァルナとは「色」を意味する。肌の白いアーリヤ人がインドに入ったころ、肌の黒い先住民との色の違いが身分の違いを意味していた。その後、この語は「身分」や「階級」の意味でも使われるようになった。また、ヴァルナに当てはまらない少数の他民族を不可触民とした。

バラモンたちは自分たち以外が上の位にならないように地位を固めた形になった。これが現在のヒンドゥー教にみられるカースト制度の起源となる。

 

ヴェーダ聖典の編纂

紀元前1200~紀元前500年頃にかけ、バラモンの聖典『ヴェーダ』が編纂されていった。ヴェーダとは古代インドで編纂された宗教文書の総称である。

バラモンたちは、この聖典で細かく決められた規則に従って祭式をおこなうことで、更にその権威を強めていった。

The Soul of Gender: Evolving Gender Roles in the Vedas | KidSpirit

ヴェーダの分類
広義でのヴェーダは、分野として以下の4つに分類される。

What is the actual definition of Vedanta? - Hinduism Stack Exchange
①サンヒター(本集)
ヴェーダのメイン。マントラ(讃歌、歌詞、祭詞、呪詞)により構成される。

②ブラーフマナ(祭儀書、梵書)
紀元前800年頃を中心に成立。散文形式で書かれている。祭式の手順や神学的意味を説明。

③アーラニヤカ(森林書)
人里離れた森林で語られる秘技。祭式の説明と哲学的な説明。内容としてブラーフマナとウパニシャッドの中間的な位置。最新層は最古のウパニシャッドの散文につながる。

④ウパニシャッド(奥義書)
哲学的な部分。インド哲学の源流でもある。紀元前500年頃を中心に成立。1つのヴェーダに複数のウパニシャッドが含まれ、それぞれに名前が付いている。他にヴェーダに含まれていないウパニシャッドも存在する。ヴェーダーンタとも呼ばれるが、これは「ヴェーダの最後」の意味。後に付け加えられた。

 

アーリア人の宗教観の変化

『リグ・ヴェーダ』は、ヴェーダの中でもインド・ヨーロッパ人の有する最古の文献のひとつであり、またインド最古の文献である。

紀元前18世紀頃から口伝された歌詠を含み、紀元前12世紀頃から文献として編纂された。

ヴェーダとは『知識』をあらわし、リグとは『讃歌』を意味する。

MS 5371 - The Schoyen Collection

当時のアーリヤ人は非常に宗教的な民族であった。かれらは各家庭の祭火にみずから供物を捧げていたが、またそのほかに集落をあげて大規模な祭祀を行なっていた。

かれらは讃歌を捧げ神々を喜ばせ、それによって現実的な生活上の幸福を得ようとした。

例えば、戦の勝利や戦利品の獲得、妻を得ることおよび子孫の繁栄、牛をはじめとする家畜の増殖、降雨と豊かな収穫、健康と長寿など。これらを神々の恩恵として授かろうとしたのである。時には自己の犯した罪悪を懺悔し、神々の下す罰を逃れるために讃歌を捧げることもあった。

 

また、リグ・ヴェーダは自然崇拝を基本とする多神教だった。

原始インド・ヨーロッパ人の時代と同様に、神々の多くは主に自然界の構成要素・諸現象、あるいはそれらの背後にいると想定された支配力を神格化したものだった。


※太陽神Surya・天空神Varuna・雷霆神Indra・風神Vāyu・炎神Agniなど。40〜50体くらいいると思う。

しかし、これらの神々に関して神話が発達するにつれて、もともと自然現象にもとづいて想定された神々は、どんどん擬人的に表象された。そして、それぞれに性格や特徴が帰せられるとともに、次々と増える神は互いにごちゃ混ぜになったりして、自然現象との関連が薄まっていった。

例えば、かつての天空神ヴァルナ(Varuna)は、天則(rta)の擁護者・律法神・人倫の維持者として表象され、なんと自然界との関係はほとんど絶たれるに至った。

これは集団生活が発展したので、社会の道徳のニーズが高まった結果ともいえる。

 


信仰の神:Sraddha

そうして、アーリヤ人の社会生活において祭祀が次第に重要な役割を有するにつれて、抽象的な観念も神格化して崇拝することも行なわれるようになった。(例えば、信仰Sraddha・無限Aditi・ことばVāc)。

もはや、神のバーゲン・セールである。

次々と現われる神々は概念となり、キャラクター化されたが、どんどん個性が不明瞭になった。かれらの間の区別が判然としていないので、もう『リグ・ヴェーダ』の中にすら、諸々の神々は一つの神の異名にほかならないという思想が表明されてきた。

『多くのかたちに燃えたつ火は唯だ一つなり。あらゆるのにゆきわたる日も亦一つなり。世界をあまねくかがやかすウシャス(暁の神)唯だ一つなり。唯だ一つのちのひろがりて、この世のすべてとなりぬ』(VIII, 58,2)。

そうするうちに、古来の神々の信仰がゆらぎ始め、新しい思索が始められた。

リグ・ヴェーダのうちに「哲学的讃歌」とよばれるものがいくつかあるが、それぞれ何らかの世界原理を想定して、この多様なる現象世界が成立する理由を説明しようとしている。また、宇宙創造に関する見解は、全体的には一元論的傾向が強かった。

思想家たちは神々をも超越した、より根底的な世界の原理を探求するになった。

 

ブラーフマナの思想

Yajna | alokshishya

リグ・ヴェーダをはじめとする本集の編纂の後、ブラーフマナ文献が成立した。

ブラーフマナでは、主に祭式の方法がとても細かく規定された。元々の素朴な自然崇拝とは異なり、どんどん儀式が過大に重視されるようになっていったのだ。

ブラーフマナに現われるバラモンたちは、驚くべきことに、もはや神々に奉仕する敬虔恭順な司祭者ではない。その呪力によって神々を駆使する者なのである。

自分たちの行っている儀式と宇宙の現象とのあいだには密接な関係があり、祭祀自体に不思議な霊力があると考えはじめたのだ。

つまり、個々の祭式が自然界のできごとの象徴・模倣であるというにとどまらず、むしろ逆に祭式の実行が自然界の変化・季節の移ろいを可能にしているというのである。

なので、祭式を正しく実行することによって宇宙の諸現象を支配することができると考えた。神でさえも、祭祀の持つ不思議な力に縛られる。人々が正式の祭祀の法則に従って神々に祈願するならば、神々は必ず人々に恩恵を授けねばならないのであると考えた。

もはや神々は、自由意志にもとづいて恩恵を施す人格的主体ではなくて、単なる名目上の存在となり、自然の要素や概念と同じ扱いになりさがった。

『リグ・ヴェーダ』以来の多数の神々は依然として尊崇され、さらに次々と新しい神様が登場したが、そんなこんなで以前より神々の威信はどんどん低下し、個性・特徴を失い、もはやほぼ祭式の部品と見なされた。神々は単に祭式の一部にすぎなくなったのだ。

 

ウパニシャッドの登場

The Upanishads: Foundations for Hinduism – StMU History Media

しかし、この儀礼中心の考え方に疑問を抱き、真剣に宇宙や自己を探求する人々が登場した。

それがウパニシャッドの思想家たちである。

宇宙の根本原理ブラフマン(梵)と自我の根本原理アートマン(我)を想定し、それらが同じ(=梵我一如)であることを覚ることで、カルマによって生まれ変わる苦しみの輪廻から解脱できると考えたのだ。

ちなみに、このウパニシャッドの思想は後にヴェーダ聖典に加えられることになる。笑

次回はこのウパニシャッド思想をみていこう。おつかれっした!

 

主な参考文献:
・「インド思想史(中村元)」
・「リグ・ヴェーダ讃歌(辻直四郎)」
・「梵我一如とウパニシャッド(湯田豊)」
・「古代インドにおける哲学と文献学(中谷英明)」